加越能育英社 概要・歴史

公益財団法人 加越能育英社について

石川県と富山県から東京へ進学する学生を受け入れてきた「石川富山明倫学館」。この学生寮は日本最古の民間育英事業団体である公益財団法人加越能育英社によって運営されています。その歴史は古く、1879(明治12)年に旧加賀藩士の出資によって設立されたことに始まります。加賀藩は、百万石大名として長年にわたり徳川家を支えてきたため、新時代の移行に立ち遅れました。これを慨嘆した旧加賀藩士6名が発起人となって、金十八円余(現在の三十万円相当)を積み立てました。これが契機となって加賀・越中・能登の三州ばかりでなく、全国から基金が寄せられて「育英社」が誕生します。育英社設立の際に多大な金額を出資したのが旧加賀藩主で十五代藩主の前田利嗣です。この資金を元にして「金沢学校」「金沢講習所」を設立、エリート学生の育成に力を注ぎました。

日露戦争の勃発は、石川・富山から多くの学生が東京に進学する契機となりました。しかし、金沢での助成は進んでいたものの東京に進学した学生たちを補助する機関はありませんでした。これを憂えた実業家林賢徳は、私財を投じて石川・富山の学生専門の寮建築を目指して募金をうったえました。この趣旨に賛同した前田家十六代藩主前田利為が土地を提供し、その他数々の名士たちによる寄附によって、現在の文京区小石川に学生寮「明倫学館」が建築されたのです。

明倫学館は1913(大正2)年に加越能育英社の経営となりました。増築を経て東京大震災にも耐えた明倫学館ですが、太平洋戦争の空襲によって全壊します。再建を担ったのは株式会社荏原製作所の創業者である畠山一清です。1927(昭和2)年に木造二階建ての寮舎が再建され、再び東京の大学に通う学生たちの拠点となりました。さらに畠山一清は「畠山奨学金」という石川・富山の学生を対象にした奨学金制度を設立します。

人格形成を創設の精神とした明倫学館は2019年に創設111周年、数々の人材を輩出してきた加越能育英社は創設140周年を迎えます。石川・富山の学生たちをこれからも末永くサポートして参ります。

加越能育英社の功労者

前田利嗣(1858~1900)

第14代藩主前田慶寧の長男。11歳で上洛し、従四位下左近衛権少将兼筑前守に叙せられました。1871(明治4)年に岩倉使節団の一員としてイギリスに留学後、1879(明治12)年に加越能育英社設立のために当時の二千円(現在の三千三百万円余)、さらに追加で弐萬五千円(現在の四億一千万円相当)を寄附し、加越能育英社の礎を築きました。加越能育英社の初代総裁を務め、石川・富山の若者が明治期の武官として大きく躍進したきっかけとなった人物です。

元加賀金沢藩士。1881(明治14)年に旧国鉄、現在のJRとなる日本鉄道株式会社を創設しました。上京した学生たちの拠り所となり学業を全うできるような施設が必要と考え、学生寮の建設を提言しました。自ら多大な私財を投じるだけでなく、多くの有志と資金を集め、1908(明治41)年に現在の文京区小石川に明倫学館を開館しました。

林賢徳(1838~1914)
畠山一清(1881~1971)

石川県金沢市出身で株式会社荏原製作所の創立者。加越能育英社の奨学金を受けて東京帝国大学を卒業し、荏原製作所を創立、ポンプの事業で一躍大手企業となりました。多くの有志、さらには石川県や富山県の援助を受けて1952(昭和27)年に東京大空襲で損壊した学生寮を復活させました。
さらに畠山一清は「畠山文化財団」を設立し、加越能育英社へ奨学金を寄附する育英事業を行います。現在も「畠山奨学金」「畠山育英賞」として続いています。

沿革

加越能育英社

石川富山明倫学館

明治・大正

明治12年(1879)

加越能育英社

旧加賀藩士6名の匿名有志の拠金をもとに「育英社」創立

明治41年(1908)

石川富山明倫学館

林賢徳氏の主唱により、郷土青年学徒のための寄宿舎「明倫学館」(旧藩校名による)を開館、30余名の学生を収容

大正2年(1913)

石川富山明倫学館

「明倫学館」は「育英社」に吸収合併

大正12年(1923)

加越能育英社

関東大震災。石川県・富山県出身の罹災者延2千人を収容

昭和

昭和6年(1931)

加越能育英社

「育英社」は文部省認可財団法人「加越能育英社」になる

昭和20年(1945)

加越能育英社

東京大空襲により建物を全焼、閉館

昭和27年(1952)

加越能育英社

畠山一清社長ほかの尽力により、木造学生寮(673㎡)再建。戦後最初の学生54名受け入れ、復興開館

昭和31年(1956)

石川富山明倫学館

鉄筋コンクリート3階建延752㎡の学生寮(定員120名)新築

昭和33年(1958)

石川富山明倫学館

財団法人「石川県学生寮」認可される

昭和34年(1959)

石川富山明倫学館

加越能育英社用地に「石川県学生寮」(定員80名)建設

昭和35年(1960)

加越能育英社

「加越能育英社80周年」道場兼集会所「明倫堂」完成

昭和41年(1966)

石川富山明倫学館

石川県学生寮、5階増築、定員100名に

昭和42年(1967)

石川富山明倫学館

鉄筋コンクリート地上5階、地下1階延1,434㎡の新館が完成(木造棟取り壊し)、定員140名に

昭和54年(1979)

加越能育英社

「加越能育英社100周年」記念式典を挙行、図書室設置

昭和56年(1981)

石川富山明倫学館

石碑「自彊不息」建立(石川県学生寮20周年記念事業)

平成

平成11年(1999)

加越能育英社

「加越能育英社120周年」記念式典を挙行

平成20年(2008)

石川富山明倫学館

「明倫学館100周年」記念式典を挙行
「石川県学生寮50周年」記念式典を挙行

平成24年(2012)

加越能育英社

加越能育英社「財団法人」から「公益財団法人」となる

平成25年(2013)

石川富山明倫学館

明倫学館と石川県学生寮の統合による全面建て替えを決定

平成26年(2014)

石川富山明倫学館

解体工事始まる。仮宿舎(西東京市田無)に塾生41名入居

平成27年(2015)

石川富山明倫学館

新学生寮竣工「石川富山明倫学館」(定員120名)運営開始

平成30年(2018)

加越能育英社

「加越能育英社創立140周年・石川富山明倫学館開館111周年(皇寿)」記念事業実行委員会発足