メイン > 石川富山明倫学館沿革

加越能育英社と石川富山明倫学館の沿革



明治12年 旧加賀藩士6名の匿名有志の拠金をもとに育英社が創設される
明治41年 10月1日、石川県人林賢徳氏の主唱により、郷土青年学徒を収容する寄宿舎が文京区の現在地に新築され、旧藩校の名を取り、「明倫学館」と称し、30余名の学生を収容して開館
大正2年 明倫学館は育英社に吸収合併される
大正9年 寮舎を増築して収容人員80余名となる
大正11年 9月、関東大震災が起こり、石川県・富山県の罹災者延2000人を寮舎に収容
昭和6年 12月、育英社は文部省の認可を受けて財団法人となり、加越能育英社に改名
昭和20年 5月、東京空襲により建物を全焼
昭和27年 4月、畠山一清社長などの尽力により673uの木造寮舎が再建、学生54名を収容して開館
昭和31年 6月、鉄筋コンクリート3階建、延752uの寮舎が増築され、定員120名となる
昭和34年  4月、石川県学生寮創立
昭和35年 加越能育英社創立80周年記念事業として道場兼集会場「明倫堂」が完成
昭和42年 6月、鉄筋コンクリート地上5階、地下1階、延1,434uの新館が完成、定員140名となる
昭和53年 5月、明倫学館創立70周年記念式典を挙行
昭和54年 11月、育英社創立100周年記念式典を挙行、図書室を設置、定員138名となる
昭和61年 5月、寮室の集約化に着手( 3畳部屋の解消へ )
昭和63年 4月、明倫学館創立80周年記念式典を挙行、定員100名となる
平成元年 加越能育英社創立110周年
平成9年 9月、窓枠アルミ化、給排水設備改修、個室入口戸取替工事
平成10年 明倫学館創立90周年、上下水道改修工事
平成11年 10月、加越能育英社創立120周年記念式典を挙行
平成14年 11月、明倫学館戦後再建50周年記念式典を挙行、渡り廊下新設
平成20年 3月、寮室の集約化完了、定員80名となる
10月、明倫学館創立100周年記念式典を挙行
記念事業 食堂・厨房・浴室改修工事
平成22年 2月、地デジ導入工事
平成24年 4月、「公益財団法人加越能育英社」となる
平成25年 9月、明倫学館の全面建て替えを決定する
平成26年 4月、解体工事始まる、
仮宿舎は東京都西東京市の「トラスティ田無」、塾生41名入居
平成27年 2月、新学生寮竣工
4月、石川県学生寮と統合、「石川富山明倫学館」(定員120名)の運営開始


入塾者数


明治41年〜明治45年 100人
大正元年〜大正15年 277人
昭和2年〜昭和20年 428人
昭和27年〜昭和63年 1525人
平成元年〜平成29年 711人
合 計 3041人


mainpage
メインページに戻る